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アイルランドの文学     発表:00g0110 田中 雅子

 アイルランドは、音楽だけでなく、文学もたいへんさかんで世界的な評価も高い。ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865-1936)、ジョージ・バーナード・ショウ(1856-1950)、サミュエル・ベケット(1906-89)とシェイマス・ヒーニー(1939-)とこれまで4人ものノーベル文学賞受賞作家を輩出している。また、20世紀文学の最大の金字塔とも評される『ユリシーズ』を書いたジェイムス・ジョイスや、イギリスの文壇に旋風を巻き起こした『サロメ』や『ドリアン・グレイの肖像』 のオスカー・ワイルド、『ドラキュラ』のブラム・ストーカーや、『ガリヴァー旅行記』のジョナサン・スウィフトなどはみなアイルランド人だ。

*アイルランド文学の歴史*
 アイルランド最古の文学は詩だった。現存する最古の詩は、紀元前千数百年にケルトの一部族、ミレジェン族の王弟アマギーンが書いた天地自然をたたえた詩だったといわれている。これはギリシャを別にすれば、ヨーロッパ最古のものとされている。

 9〜12世紀にかけて発展する古典文学はゲール語で書かれており、説話と宗教に関する福音書が中心だった。説話や民話はその後のアングロ・アイリッシュ文学(英語で書かれたアイルランド文学)にたいへん大きな影響を与えている。特に1150年にグレンダロッホの主教 フィン・マグゴーマンが編んだ 『レンスターの書』 はとくに有名である。またキリスト教の福音書の中では8世紀に書かれた 『ブック・オブ・ケルズ』 がその完成度の高さ、芸術的価値で最高峰とされる。

 1541年からイギリスによるアイルランドの統治が始まり、特に1649年のクロムウェルの侵攻以来、ゲール語で書かれた書物への弾圧が厳しくなっていく。そんな中、英語で書かれたアイルランドの文学として最初に登場するのが、ジョササン・スウィフト(1667〜1745)による 『ガリヴァー旅行記』 (1726年)である。

 19世紀後半〜20世紀初頭にかけては文芸復興またはケルティック・ルネッサンスと呼ばれる文学界の盛り上がりの時期がやってくる。ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865〜1939)がアイルランド文学協会(1891年)、アイルランド国民文学協会(1892年)をつくった。彼はこれを母体として同志をつのり、『アイルランド農民の妖精物語と民話』(1888年)などの民話集の編纂をしたり、民話にインスパイアされた独自の詩の世界を完成させていった。

 また同じ頃、戯曲の分野においても様々な作家達が出てくる。『キャスリン伯爵夫人』 (1892年) は、アイルランド文芸座の旗揚げ興行となり、ここからグレゴリー夫人(1851〜1932)、ジョージ・バーナード・ショウ(1856〜1950)、ジョン・M・シング(1871〜1909)、ショーン・オケーシー(1880〜1964)らの戯曲家が育っていった。

*アイルランド文芸復興記念碑としてのリバーダンス*
 リバーダンス第一幕のハイライトのひとつ"キャサリーン伯爵夫人"は、アイルランドのノーベル賞文学者、アイルランド文芸復興の指導者のひとりで、かつ20世紀最大の作家のひとりであるウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats 1865〜1939)が1899年の創った戯曲の題名から取られている。妖精シヘも同じイェイツのアイルランドの妖精に関する作品の中に登場する。イェイツが作家として活動を始めた1890年代後半は、アイルランド文学界はまさに大きな転機にさしかかっていた。ゲール語あるいは英語で書かれたアイルランド文学がめざましい復興をしめしたのである。それ以前の支配者イギリスの影響を受けた小説や詩とは対照的に、国民の大義に意識的に貢献しようという全体的雰囲気が支配的となってきていた。この文芸復興運動に重要な役割を果たしたのがイェイツである。1896年にイェーツはアイルランドに帰国し愛国的劇作家グレゴリー夫人と共鳴し1899年アイルランド文芸劇場を設立した。この劇場は、アイルランド文芸復興運動の最大の拠点のひとつとなる。イェーツは、アイルランドの作家たちにイギリスやヨーロッパの影響から脱し、作品をアイルランドの生活と伝統に基づいたものにするよう運動した。イェーツはこの劇場が世界有数の劇団となり、アイルランド文芸復興とよばれるアイルランドの文学的再生の拠点へと発展するのを、演出家として、また劇作家として助けたのである。この劇場のために創作した戯曲に、リバーダンスで取り上げられたキャサリーン伯爵夫人(1899)の他、イェーツの愛人モード・ゴンを主役とする愛国的散文劇「キャスリーン・ニ・フーリハン」(1902)や韻文体の悲劇「デアドラ」(1907)がある。また、同時期グレゴリー夫人はゲール語の叙事詩を素材とする「ムイルヘブネのクーフリン」(1902)と「神々と戦士たち」(1904)を書いている。ビル ウェランがリバーダンスの中で取り上げたケルト的な要素、ゲール語の歌などは、この時期のイェーツ、グレゴリー夫人の思想的影響が強く反映されているといえよう。

<参考文献>
『アイルランド文学はどこからきたか』 三橋敦子 誠文堂新光社 1985
『アイルランド文学小事典』 松村賢一 編 研究社出版 1999
『声の文化と文字の文化』 W・J・オング 藤原書店 1991


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